大腸がん 術後の生活と根治両立 実力病院調査 治療の今
がんによる死亡数で女性のトップ、男性でも3番目に多い
大腸がんは外科手術や内視鏡治療、抗がん剤など治療技術の進歩もあり、
転移や再発があっても治る患者もいる。日本経済新聞社が「日経メディカル」誌の協力を得て実施した「日経実力病院調査」では根治を目指すだけでなく、患者の「生活の質」を維持するため切除範囲を極力少なくし、機能を温存する難しい課題に取り組む姿が目立った。
食べ物を消化吸収する消化管の最後の部分である大腸は長さが約1.5〜2メートルで、盲腸から始まるS状結腸までの「結腸」と、S状結腸を過ぎてから肛門(こうもん)までの「直腸」に大きく分けられる。今回の調査では患者の生活が大きく変わる直腸がんの手術数で比較した。
2008年7〜12月で、
直腸がんの「手術あり」症例数(退院患者数)が最も多かったのは愛知県がんセンター中央病院(名古屋市)で135例。平井孝・消化器外科部長は「
肛門の機能を温存できるかの判断の違いで、術後の患者の生活は大きく変わる」と強調する。肛門や周辺の筋肉(括約筋)を切除すると、人工肛門を取り付けなければならないためだ。
通常は
がんの下端が肛門から5センチ以内の場合、再発を防ぐために肛門も切除する。周辺部位をできるだけ切除して
がんの取り残しをなくすことは基本だが、平井部長は「
肛門から2センチ程度離れていれば、機能を残せる場合もある」と説明する。
同病院は国立がんセンターなどと協力、こうした直腸の下部にできた
がんでも、肛門を温存する手術方法の研究に取り組んでいる。「どの場合に温存できるかの判断は難しい」という平井部長は「肛門を『切除するしかない』という主治医の診断に不安があれば、研究参加施設でセカンドオピニオンを受けて判断する方法もある」という。
同病院はほとんどが開腹手術だが、逆に9割以上を身体的負担の少ない腹腔(ふくくう)鏡手術で行っている病院もある。「難易度が高いとされている直腸がんの手術が年々増加している」という大阪医大学病院(大阪府高槻市)は昨年の直腸がん手術件数183件のうち、9割を超える171件が腹腔鏡だった。
腹腔鏡手術では、腹部に5ミリ〜1センチの穴を4〜5カ所開け、そこから腹腔鏡と呼ばれるカメラと特殊なはさみや電気メスを入れ、大腸の患部を切除。別に5センチ程度切開した場所から腸を引き出し、腹部の外または内部でつなぐ。
触診ができないなど技術的に難しいとされるが、「画面を6倍に拡大して見られる。肉眼では見えにくい細い神経なども傷つけずに手術が可能」と奥田準二准教授。腹部に20センチにも及ぶ傷が残る開腹手術に比べ傷が小さく、術後の回復も早い。入院日数も開腹の2〜4週間に対し、1〜2週間で済む。
肛門に近い
直腸がんでの肛門温存手術も腹腔鏡で実施。奥田准教授は「内視鏡を併用することもある。下部直腸がんの92.2%で温存に成功した」という。「合併症として(一般に)縫合不全が平均10%に起きるとされるが、その割合も2%に抑えている」と胸を張る。
早期なら内視鏡治療
内視鏡検査で病変部が小さなポリープの場合や、がんが大腸の粘膜下層まででとどまっていて他の臓器への転移がない場合、外科手術ではなく内視鏡治療で対応が可能だ。今回の調査対象とした診断群分類別包括払い(DPC)制度では内視鏡治療は「手術あり」に含まれている。
昭和大学横浜市北部病院(横浜市)は08年の1年間で、
早期がんに対し204件の内視鏡治療を実施、国内でも有数の実績がある。多くの病院は内科が内視鏡を手掛け、開腹や腹腔鏡は外科が担当している。だが、同病院は「診療科の垣根を取り払い、内視鏡だけでなく手術や化学療法など多様な治療を提供できる体制が特徴」(工藤進英・消化器センター長)という。
内視鏡での診断には、患部を約100倍に拡大して観察できる拡大内視鏡を使い、染色液を使って腸の表面部にある細胞組織や毛細血管の様子を見る。ポリープならば、針金の輪のような器具で根元を切る「ポリペクトミー」という手法でつまみ取る。粘膜に大きく広がる
がん病変部では、微細な電気メスでそぎ取る「内視鏡的粘膜下層剥離(はくり)術(ESD)」も実施している。
工藤センター長は「粘膜がへこんだように病変部が広がる“陥凹(かんおう)型”の大腸
がんは、自覚症状のない早期段階でも腸壁の深い部分に進む可能性がある。定期的に検診を受け早期発見に努めてほしい」と訴えている。
抗がん剤種類増加 状態に応じて併用が可能に
大腸がんに対する抗がん剤は2000年代になって選択肢が次々増えた。主に手術後の再発を抑制するために使う方法と、切除できない患者や再発した場合に使う方法がある。抗
がん剤治療だけでは完治はしないが、種類の増加で患者の状態に合わせて複数の治療が可能になっている。
大腸癌(
がん)研究会(東京)が作成している治療ガイドラインによると、手術後に再発防止で使う療法では、消化器がんの基本薬である「
5―FU(ファイブ・エフユー)」や「UFT」を中心として、複数の抗がん剤を組み合わせている。
昨年だけでも乳
がんに使われていた
カペシタビンが大腸がんでも広く使えるようになったほか、
オキサリプラチンやアバスチンも他の抗がん剤と併用できるようになるなど、新しい組み合わせも増えた。同ガイドラインによると、切除できないと診断された場合の生存期間の中央値は約8カ月だが、抗がん剤を使えば約2年まで延長。また、切除不能の大腸がんが、抗がん剤治療の効果から切除可能になることもあるという。
5年生存率、大幅に向上
がん治療の中核施設が加盟する全国
がん(成人病)センター協議会(全がん協)によると、1997〜2000年に入院治療を受けた直腸がん患者の5年生存率は最初期の1期で96.9%、2期も86.4%、3期でも71.7%と7割を超える。結腸がんはさらに高く1期で98.1%、2期で94.0%、3期で 77.4%。4期では直腸がんで16.3%、結腸がんで20.1%と低くなるが、全がん協は「施設間の格差は認められない」とみる。
転移を防ぐためにリンパ節を徹底的に摘出する「拡大郭清」という手法が90年代以降に全国的に普及したことで、治療成績は大幅に向上。愛知県がんセンターでは3期で5年生存率が20〜30ポイントも向上したという。一方、周辺組織や臓器を広範に切除すると、自律神経や排便機能の障害など後遺症もあり、治療成績を落とさずに後遺症を少なくする試行錯誤が続いている。
専門家はこう読む 「手術なし」も注目
森武生・都立駒込病院名誉院長 大腸
がんは「手術ができない」と診断されても、抗がん剤や放射線治療で
がんを小さくしてからの手術もできる。転移でも手術でき、末期状態でも抗がん剤治療で平均で2年近く生存できるなど、治療期間が長いのが特徴だ。今回の調査では「手術あり」だけでなく、「手術なし」の症例数も多い施設にも注目すべきだ。
「手術あり」「手術なし」が多い施設は手術できる患者だけでなく、手術できないと診断された患者や再発した患者も多く受け入れて治療しているとみられる。米国では手術や放射線治療、抗がん剤治療、そして緩和治療などは別々の医師がそれぞれの施設で行っている。日本では1つの病院で複数の治療方法ができる。特に大腸がんでは患者の状態に応じて適切な治療法を選択できることが大事だ。
主治医に「治療法がない」と言われてセカンドオピニオンで訪れる患者の約2割はまだ治療法がある。残念ながら治療の知識や経験が不足している医師もいるためだ。診断に不安があれば、
がん関連の学会などで構成する日本がん治療認定医機構の「がん治療認定医」に相談してほしい。認定医と所属施設はホームページ(http://www.jbct.jp/)で公開している。
大腸がんはおとなしい
がんで、“
治るがん”になる可能性がある。完全に治らなくても現在の状態を維持する療法もあり、患者に良い余命を与えることも可能だ。「再発して治療法がない」という状況でも希望を失わないでほしい。
2010年3月21日 読売新聞