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癌(がん)が治った、癌(がん)が良くなった、癌(がん)が回復した体験談情報

乳がんからの「卒業式」、治療10年の患者たち 橋本

 ほかのがんと比べてゆっくり進行するため、治療や経過観察に長い時間を要する乳がん。一般的に、手術から10年は定期的な通院が必要とされる。和歌山県橋本市の病院で23日、治療から10年を迎えた女性たちが集まり、乳がんからの「卒業式」が開かれた。

 橋本市岸上の紀和病院。県内で初めて、乳がんの専門センターを設けた病院だ。この病院で10年間、治療や通院を続けてきた女性5人に、乳がんからの「卒業証書」や「生命」としたためられた色紙が贈られた。

 梅村定司(ていじ)センター長が「最初の告知のときから、ずっと一緒にがんと闘えたことを誇りに思います」と語りかけると、出席した女性たちは「今では ゲートゴルフもできます。先生ありがとう」「体調管理をしっかりしながら、いろいろなことに挑戦していきたい」と、健康な体を取り戻した喜びと、医師への 感謝の言葉を口にした。

 卒業式をしたのは初めて。「せっかくつらい治療を乗り越えてこられたのに、何もないのでは味気ない。何か形にできるものはないか」とセンターの医師や看 護師らが話し合い、卒業式を思いついた。「通院時に患者さんが見せてくれた笑顔に励まされた」というスタッフもおり、笑顔への感謝の気持ちも込めたとい う。

 「卒業生」の一人、岩出市の主婦藤井田鶴子さん(56)は12年前、検診で乳がんの疑いがあることが分かり、紀和病院での診察でがんが見つかった。「何 の自覚症状もなかった。不安でいっぱいだった」と話す。その後手術し、10年間病院に通い続けた。「先生はどんな質問にも答えてくれた。先生のおかげで治 療を乗り越えられた」と感謝した。

 梅村センター長によれば、乳がんは早期に発見すれば、ほぼ100%治る。しかし、女優の田中好子さんが乳がんで亡くなり、不安に思う患者が増えたという。

 「がんを乗り越えられたみなさんの力強い姿を知って、今、闘病中の患者さんやご家族に勇気を持って欲しい」と話した。

 紀和病院では月〜金に診療(予約制)を受け付けている。問い合わせは電話(0736・34・1255)で。

2011年5月24日 朝日新聞


| 乳がんが治った体験談 | |
がんと闘う子らに夢を 乳がんの歌手がアニソンCD

2年前のアニメ・ジャズ。押淵玲子さん(左)は抗がん剤治療の影響で髪が短く、「一休さん」姿で歌った

 鉄腕アトム、ゲゲゲの鬼太郎、ガッチャマン……。懐かしのアニメソング(アニソン)がジャズCDになった。かつて子どもだったすべての大人たちへ送る一枚。作ったのは福岡市城南区のジャズシンガー押淵玲子さん(52)。10月、がんの再発がわかったばかり。売り上げ1枚あたり800円を、同じようにがんと闘う子どもたちに寄付する。

 押淵さんは2006年12月、アニソンをジャズにアレンジしたライブ「アニメ・ジャズ」を企画した。「妖怪人間ベム」の主題歌がジャズの名曲「It Don’t Mean A Thing」に似ているねという軽いきっかけだったが、好評だった。

 翌年に乳がんと診断され、左の乳房を切除した。08年にライブ活動に復帰、2回目のアニメ・ジャズも成功させた。「いつまで元気でいられるかわからないから」。3回目を控えた今年、今回のCD制作を決めた。再発がわかったのはその矢先だった。

 「やり残したことはなんだろう」。がんになって考え続けた。歌い続ける覚悟とともに思い出したのが大学時代の子どもへのボランティアだ。当時、兵庫県西宮市内の小児科病棟で子どもたちと遊ぶ活動をしていた。「元気になって高校に行きたい」「プロ野球選手になりたい」。病と向き合いながら、将来を夢見る子どもたち。もう一度応援したくなった。

 アニメ・ジャズには子ども時代を懐かしむ大人の気持ちをくすぐる狙いがある。この歌が流れていたころ、あなたはどんな夢を描いていましたか――。歌を届けることで、「いま苦境にある子どもたちに愛と夢を届けよう」という気持ちを思い起こしてもらえればと願う。

2010年12月1日 朝日新聞

| 乳がんが治った体験談 | |
タレント 山田邦子さん

 世の中にこんなにたくさんの乳がん患者がいるなんて、ちっとも知らなかった。
現在日本では二十人に一人の女性
が罹(かか)るといわれている。多い。
乳がんだけでなく、今や日本人は二人に1人が死ぬまでに何らかのがんになるらしい。すごい。
私も昨年、自分が乳がんになるまでは、病気らしい病気に罹ったことが一度もなく、本当に、まさかが‥と、人ごとのように思っていたが、なってみるとそんな”まさか”が現実になる時代なのだとつくづく思う。 環境も悪い。信頼していた大手の食品に毒が入っている。女も深夜まで働く、遊ぶ。

まさかと思っていた銀行が、企業がつぶれる。自分だけはがんにならないなんて絶対に言い切れないのだ。いや、おそらく自分もいずれがんになるだろう、あるいは既にがんかもしれないと考えた方が妥当だ。恐ろしい。

 確かに非常に恐ろしい事態だが、だからといって何もしないのでは、今風ではないだろう。私がたった一年でここまで元気になれた一番の理由は何といっても早期発見だったから。私は番組でたまたま見つけてとてもラッキーだったが、この経験から言えることは、とにかく検診に行きましょう!
‥ということだ。後手に回るのではなく先手先手と、自らがんを見つけて、やっつけてやるぞ!と向かっていってほしい。
今は、がん=死、ではない。早期なら助かる確率は高いのだ。
乳がんの場合、早期発見・治療なら99%、命は落とさない。
 先日、私を脅かすがんの正体を探りに築地の国立がんセンターに行った。結局、細胞分裂の異常で、いろんなパターンではびこる、ものすごい生命力を持ったヤツだった。これじゃつらい治療も仕方ないと思った。

私は現在は、摘出手術も大成功し、放射線も終了。
毎日ホルモン剤を飲む治療を続けているが、敵は正体のつかみにくい強烈なヤツゆえ、やはり、どこかで再発や転移の恐怖におびえているのが本音だ。でも検診を受けて、また安心する。
 医学は確実に進歩している。今日がだめでも、明日は助かる方法がきっと見つかる。がんの勢いに負けないよう、あきらめず、コツコツ、でも明るく、全国にいる乳がんの友、他のがんと闘っているすべての友たち、一緒に頑張ろう!

| 乳がんが治った体験談 | |
「ER」アビー役のモーラ・ティアニー、ガン闘病を赤裸々に告白

人気医療海外ドラマ「ER 緊急救命室」でアビー役を演じていたモーラ・ティアニーが、自身のガン体験を赤裸々に語った。

9月10日に放送されたガン克服・撲滅キャンペーンのチャリティ番組「Stand Up to Cancer」に出演したモーラは、「胸にしこりを感じて、何かおかしいと思ったけれど、怖くて病院へ行く気にならなかった。でも、当時交際していた彼が、病院へ行くよう強く勧めてくれてたの。そんな私だったから言えるのよ。医者を怖がらないで。おかしいと思ったらすぐに診てもらって!」と、全米に向かって呼びかけた。

また、「私はとても幸運だった。(高額な治療費をカバーしてくれる)保険に入っていたし、UCLA病院の素晴らしい医師チームにも恵まれたわ。それに、仕事をせず治療に専念することの出来る金銭的なゆとりもあった」「最初から医師は、治るよって言ってくれたの。そして、その言葉を信じることにした。治るって常に思いながら治療を受けていた」とガン闘病について語った。

短期間で女優復帰したため、進行性の遅い早期発見のガンだったと世間で噂されていたモーラだが、この番組内で、最初の摘出手術で当初考えられていたよりも進行していたことを告白。辛い副作用のある抗ガン剤治療を受けたモーラは、現在も薬を服用していることを明かした上で、「自分に何ができるか分からないけれど、これだけは断言できる。医師はガン患者を助けてくれるって」と強く語った。

モーラは2009年9月に乳ガンであることを告白し、治療に専念するためにキャスティングされていた新作ドラマ「Parenthood」を降板。しかし、今年2月には舞台に立てるまでに回復し、「レスキュー・ミー NYの英雄たち」にもガン患者役としてゲスト出演(エピソードは2011年に放送)している。

モーラは今後、「CSI」シリーズを手がけるジェリー・ブラッカイマーがプロデュースする新法廷ドラマ「Whole Truth」に女性検事役としてレギュラー出演することが決まっており、本格的に女優業を再開している。

2010年9月14日

| 乳がんが治った体験談 | |
乳がん転移、在留延長し治療 モンゴル人のバトさん

 都城工業高等専門学校(都城市)で研修留学中だった2009年1月に乳がんが見つかり、同年5月に乳房の摘出手術を受けたモンゴル人女性のバトツェツェグさん(29)=モンゴル国立科学技術大学助手=が、がんが頭部に転移していたことを明らかにした。放射線手術で転移部のがんは切除できたが、なお転移の危険性があるとして在留許可を来年7月まで延長、同市に滞在しながら治療を続ける。

 転移が見つかったのは今年3月で、左側頭葉部分に8ミリと14ミリの大きさの腫瘍(しゅよう)が確認された。バトツェツェグさんは、この直前の昨年12月から今年1月にかけてモンゴルに帰国。現地の国立がんセンターでの受け入れを相談したが、医療水準の限界などから日本での治療継続を薦められたという。

 こうした事情から、バトツェツェグさんを支援している都城モンゴル友好協会が在留許可の再延長を法務省に申請し、病気治療の目的で来年7月14日までの滞在が認められた。宮崎市の病院に通院して抗がん剤治療を受け、都城市の病院でも定期的に検査を受ける。

 バトツェツェグさんは、インターネットのテレビ電話で母国に残している夫(29)や娘(8)と毎日会話を交わしているといい、「これからも治療を頑張って一日も早く元気になりたい」と話している。同協会の事務局長で同高専技術支援センター長の川崎敬一さん(58)は「さらに1年、子供や家族と会えなくなり、精神的負担が増すと思うが、何とか元気に過ごさせてあげ、治療に専念してもらいたい」と気遣った。

 同協会が昨年3月から呼びかけていた募金は、総額約610万円に達したという。これまでに要した治療費や生活費を差し引いた約310万円を、今後1年間の資金に充てる予定で、川崎事務局長は「口蹄疫(こうていえき)被害の影響もあって積極的には求めづらいが、募金は継続する」と話した。問い合わせは同協会事務局(0986・47・1190)へ。

2010年08月15日 朝日新聞

| 乳がんが治った体験談 | |
カイリー・ミノーグ、ガンから復帰を語る

 カイリー・ミノーグがガン治療を終了したから、再度パフォーマンスを行なうまで『長く掛かった』と語った。
 2005年5月に乳がんと診断されたカイリーは、ガン治療が終了して初めてステージに立つ時は精神的、肉体的に「挑戦」だったという。
 「身体が色々な変化に順応したっていう事は分かっていたけど、本当に内面も変わっていたわ」「もう一度、ステージに立つには本当に長い時間が掛かったけど、観衆が私の方を見て『彼女は大丈夫か? ステージを出来るのか?』って思っているのをハッキリと感じたわ」「とにかく、強情になっていたの。まるで小さなテリア犬になって、やってやるわって感じね。」

 6月30日に11枚目のスタジオアルバム『アフロディーテ』が日本先行発売されるカイリー、YOUTUBEに於いて新曲「オール・ザ・ラバーズ」のPVが、公開から2週間で1000万回の視聴回数を超えた。

2010年06月21日 REAL LIVE

| 乳がんが治った体験談 | |
ストレス緩和プログラムが乳癌がん)再発患者に有用

 ストレス緩和プログラムにより、乳癌がん)が再発した女性の生存率が上昇し、生活の質(QOL)も改善されることが示された。プログラムに参加した患者には「有意な情緒面の改善がみられたほか、再発診断後の1年間に良好な免疫応答が認められた」と、米オハイオ州立大学教授のBarbara L. Andersen氏は述べている。

 今回の研究では、新たにステージ2または3の乳癌の診断を受けた女性227人を追跡。被験者を、ストレスを軽減し、総合的な健康状態を改善するようデザインされた介入プログラムに参加する群と、プログラムには参加せずに評価のみ実施する群とに無作為に割り付けた。追跡期間中、被験者の62%に乳癌の再発が認められた。非介入群に比べて、抗ストレスプログラムに参加した女性は乳癌による死亡率が59%低かったという。この報告は、米国癌学会(AACR)発行の医学誌「Clinical Cancer Research(臨床癌研究)」オンライン版に6月14日掲載された。

 この知見は、心理的介入による永続的な利益を示すもので、これまでに検討されたことのなかったものであると、Andersen氏は述べている。過去の研究では、プログラムに参加した女性は平均11年の追跡期間中の乳癌再発リスクが45%低かったことが示されている。

 この研究分野に詳しい米ワシントン大学(セントルイス)教授のSarah Gehlert氏(今回の研究には関与していない)は、「この結果は、心理的介入が長期的にプラスの効果をもたらすことを示すものであり、非常に励みになる」と述べている。

2010年6月8日 HealthDay News

| 乳がんが治った体験談 | |
血液中の腫瘍細胞が乳癌がん)患者の生存に影響

転移乳癌がん)患者の血液中の循環腫瘍細胞数が生存に直接的な影響を及ぼすことが、新しい研究によって示され、ベルギー、ブリュッセルで開催されたIMPAKT乳癌会議で発表された。この知見は、転移乳癌患者の個別化治療の改善に有用である可能性がある。

循環腫瘍細胞は転移乳癌患者の50〜80%に認められ、血液7.5ミリリットル(ml)中にこれらの細胞が5個以上ある患者の平均生存期間は、5個未満の患者に比べて短いことは以前から知られている。

今回の研究で、米テキサス大学M.D.アンダーソン癌センター(ヒューストン)のAntonio Giordano博士らは、循環腫瘍細胞の増加が生存に及ぼす影響について理解を深めるため、人工ニューラルネットワーク(人工神経回路網)を用いて転移乳癌患者516例のデータを分析した。

同氏は「転移乳癌患者では、循環腫瘍細胞数と死亡リスクの間に直線(リニア)関係があることが判明した。最も重要なのは、血液7.5 ml中の循環腫瘍細胞が40個以上の患者の1年後の死亡リスクは、腫瘍細胞のない患者の約2倍であったことである。これらの結果は、循環腫瘍細胞5個という単純なカットオフ値がこの予後変数の複雑性に十分対応していない可能性を示している」と述べている。

2010年5月7日 HealthDay News

| 乳がんが治った体験談 | |
再発乳がん経験者の声を一冊に

日本イーライリリーが発行した「再発乳がんと向き合うためのヒント」日本イーライリリーが発行した「再発乳がんと向き合うためのヒント」

 日本イーライリリー(神戸市)は4月、再発乳がん経験者の声をまとめた冊子「再発がんと向き合うためのヒント」を発行した。再発乳がん患者に自らの治療や生活の参考にしてもらうのが目的。希望者には無料で配布している(1人1冊限定)。

 同社が1〜2月、抗がん剤治療経験のある乳がん患者216人を対象に実施したアンケートで、154人が体験者からのアドバイスを必要と回答。先輩患者の体験が求められている傾向が浮かび上がっている。

 冊子には経験者8人が登場。がん再発が分かったときの様子や、その後の治療、直面した生活上の問題などについて詳しく語っている。

 冊子を希望する人は氏名、住所を明記し、同社渉外企画本部までファクス(078・242・9169)で申し込む。同社のウェブサイトでも申し込み方法を紹介している。

2010年4月19日 産経新聞

| 乳がんが治った体験談 | |
乳がん検診 体に優しく 高岡市民病院が新機器導入

うつぶせで撮影することで負担を軽減する「乳腺バイオプシー装置」

時間短縮、うつぶせで楽に

 国の「地域がん診療連携拠点病院」として女性のがん診療に力を入れている高岡市民病院は、増加傾向にある乳がんの診断や検査のための高度医療機器を導入した。これまでより楽に検査が受けられる装置などで、病院側は利用を呼び掛けている。

 乳腺細胞を取り出し、撮影も行う検査装置「乳腺バイオプシー装置」は、県内の医療機関で二機目の導入。うつぶせで撮影することで、検査を受ける人の体力・精神的な負担を軽減した。一時間かかっていた撮影も、約三十分に短縮した。

 「デジタルマンモグラフィー装置」は、画像が鮮明なデジタル写真を撮影。フィルム撮影していた従来装置より、過去のデータとの比較も容易になった。

 これら乳がん検査機器は、この春から合わせて設置した「頭腹部血管撮影装置」など三つの新鋭機器と合わせ、約四億五千万円で導入した。

 同病院では、細胞診断技師や薬剤師など専門スタッフを充実させたチーム医療を実施しており、乳房の撮影には女性技士が対応。平日の午前中だけだった乳腺専門外来を四月から水曜午後二〜四時にも開くことにした。

 同病院によると、日本人女性の二十人に一人乳がんにかかる。これは三十年前の約三倍。年間約一万八千人が命を落とす。沢崎邦広院長(62)は「高タンパク高脂肪の食生活などにより、がん罹患(りかん)者は増加している。早めの検診を」と呼び掛けている。

 乳腺専門外来の予約や問い合わせは同病院=電0766(23)0204=へ。 

2010年4月8日 中日新聞

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